Kamis, 26 Maret 2020

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覇王の家(上) (新潮文庫)


本の表紙覇王の家(上) (新潮文庫)
4.7 5つ星のうち 36 カスタマーレビュー

Download 覇王の家(上) (新潮文庫) Free - 内容紹介 タヌキ親父か稀代の策士か 徳川三百年の礎を、隷属忍従のうちに築き上げた家康の素顔。 徳川三百年――戦国時代の騒乱を平らげ、長期政権(覇王の家)の礎を隷属忍従と徹底した模倣のうちに築き上げた徳川家康。三河松平家の後継ぎとして生まれながら、隣国今川家の人質となって幼少時を送り、当主になってからは甲斐、相模の脅威に晒されつつ、卓抜した政治力で地歩を固めて行く。おりしも同盟関係にあった信長は、本能寺の変で急逝。秀吉が天下を取ろうとしていた……。 著者の言葉 日本歴史というのは、中国やヨーロッパの概念でいう英雄を一人も生んでいない。(略) それはそれで、日本社会のおもしろさだと思うのだが、要するにこの稿の主人公は、歴史を変えたというその作業のわりには、中国やヨーロッパの概念の英雄からもっとも遠い存在なのである。同時に、中国的・欧州的概念の英雄が社会にもたらす惨禍という暗い面を、もっともすくなくしかこの人物はもっていなかった。(下巻「あとがき」) 司馬遼太郎(1923-1996) 大阪市生れ。大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960(昭和35)年、『梟の城』で直木賞受賞。以後、歴史小説を一新する話題作を続々と発表。1966年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞を受賞したのを始め、数々の賞を受賞。1993(平成5)年には文化勲章を受章。“司馬史観”とよばれる自在で明晰な歴史の見方が絶大な信頼をあつめるなか、1971年開始の『街道をゆく』などの連載半ばにして急逝。享年72。『司馬遼太郎全集』(全68巻)がある。 内容(「BOOK」データベースより) 徳川三百年―戦国時代の騒乱を平らげ、長期政権(覇王の家)の礎を隷属忍従と徹底した模倣のうちに築き上げた徳川家康。三河松平家の後継ぎとして生まれながら、隣国今川家の人質となって幼少時を送り、当主になってからは甲斐、相模の脅威に晒されつつ、卓抜した政治力で地歩を固めて行く。おりしも同盟関係にあった信長は、本能寺の変で急逝。秀吉が天下を取ろうとしていた…。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 司馬/遼太郎 1923‐1996。大阪市生れ。大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた’60(昭和35)年、『梟の城』で直木賞受賞。以後、歴史小説を一新する話題作を続々と発表。’66年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞を受賞したのを始め、数々の賞を受賞。’93年には文化勲章を受章。“司馬史観”とよばれる自在で明晰な歴史の見方が絶大な信頼をあつめるなか、’71年開始の『街道をゆく』などの連載半ばにして急逝。享年72(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを見る

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商品の説明 覇王の家(上) (新潮文庫)

タイトル覇王の家(上) (新潮文庫)
作者司馬 遼太郎
ISBN-104101152381
発売日2002/4/30
フォーマット文庫
カテゴリー本
タグ
顧客評価4.7 5つ星のうち 36 カスタマーレビュー
ファイル名覇王の家-上-新潮文庫.pdf
ファイルサイズ23.89 MB (現在のサーバー速度は 26.84 Mbps

以下は、覇王の家(上) (新潮文庫)で最も役立つレビューの一部です。この本を買うか読むかを決める前に、これを検討する必要があるかもしれません。
「関ヶ原」「落城」を読んで、家康のことを知りたくなって読んだ。有名な「伊賀越え」というのは、本能寺の変の時の、脱出劇のことだったんですね。前2作に対して、武田信玄との戦いや、北條家などとの戦いなどもあるが、戦闘場面の描写は少なく、家康のその時の心中にフォーカスして描写している。一気に読了してしまう筆力は、この作者ならではの面白さ。次は山岡壮八版を読んでも見たい。
司馬遼の手になる徳川家康の伝記小説。まずは上巻を読んで、単純に事実としてしか知らなかった三方ヶ原の戦いや築山殿と信康の最期、織田信長との同盟と武田勝頼滅亡、本能寺の変後の脱出劇(プラス穴山梅雪の最期)といった史実の実相について、小説としての面白さを満喫しながら、実に多くを知ることができ有益でした。「信長はまったくよい協同者をえた。これによって信長にとっては本国尾張の東部国境のまもりは他人(ひと)まかせで済むことになり、東方防衛の武力のいっさいを他につかうことができ、事実、このあと信長は全力をあげて西上の事業にそそぎこむことができた」(51頁)。「家康は閨のことを好み、かれの閨にはつねに婦人がいた。驚嘆すべきことであったが、かれは死ぬまで婦人を閨にはべらさずに寝ることはまずなかった。しかし・・・かれは日に日にめしを食うようにして婦人に接しつづけただけのことであり、好色というものではなかった」(119頁)。「織田信長はその家臣団にとって盟主ではなく、完全無欠な「主人」であった。・・・ 信長のばあいは、その家来は純然たる使用人であり、極端にいえば信長がかれらを叩こうが殺そうが、かれらにあっては苦情の音(ね)を出しようがない。いわば信長に買いきられた連中であった。この形態が近代的であるとすれば、こういう組織をもっていたのは信長しかなく、天下における織田軍団の特殊性がそこにはあった。ところが、家康の徳川家のばあいは、家康は盟主としてかれに属する族党群の族長どもに対して大きな遠慮がある。この「遠慮」の感覚が、いわば内部政治というものであった。・・・ 信長に欠けた繊細な対人感覚や微妙な政治性を育てさせたのは、かれの家のこういう組織によるものかもしれない」(162~4頁)。「考えてみると、人間の集団をさまざまに組みあわせて部署してゆくやり方は、接待も戦争もかわらない」(250頁)。「家康という男はその不透明な見かけのわりには意外なところがあり、それは年少のころから一度も人を謀殺したことがないということであった。家康はこの時期よりあともそういう所行はない。梅雪は、このとき不幸な判断をした。-梅雪、疑い思うところありけん、と古記にいう」(283~4頁)。「本来なら、信長も、いま目の前にいる老臣の酒井忠次も、家康にとってはわが子の仇であったが、それを仇であるとおもったときには自分は自滅するということを家康は驚嘆すべき計算力と意志力をもって知っており、片鱗もそう思わないようにしていた。片鱗も-というのは、片鱗でもそうおもえば、人の心というのは感応して酒井忠次にもひびく。忠次はすぐさま、明智光秀になるにちがいない。忠次も有能な男であり、光秀にいたっては天下の偉材であった。そういう男であればあるほど、そういう感応力が高く、感応すればじっとしていることはしない。家康の身にも、本能寺ノ変はおこりうることであった」(298頁)。「侍に知略才能あるはもとより良けれども、なくても事は欠かぬなり。ただひたぶるに実直なれば知能を持つに及ばず。武士として義理に欠けたるは、打物の刃がきれしごとし」(360頁、『中泉古老物語』より)。なお、最後の方では『へうげもの』でも読んだ「天下三肩衝」(銘初花、銘新田、銘楢柴)の話が出てきました(371~4頁)。
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